ハワイ島はかつてはアメリカの領土の一部でした。そんなとき、ハワイ島を明確な州として確立させようという動きはハワイ王国のカメハメハ三世時代からあった意見でした。カメハメハ三世は親米派だったので、多方面からの圧力により保護を求めるために、ハワイ王国をアメリカの一州として併合するよう米政府との交渉に乗り出しました。

しかし次代の四世が親米派でなく親英派だったこともあり、その話は三世の死後立ち消えることになりました。ですが、そのあともハワイを州として併合する動きは発生し、議会で審議されることとなりました。その過程での紆余曲折を経て、住民の理解も得られるようになり、第二次世界大戦の直前には有権者の半分以上がハワイの立州を望むようになりました。大戦の影響でその議題は滞りましたが、ハワイ出身の代議員の尽力などによって、米国連邦議会が大戦後の1959年に賛成多数でハワイの立州を賛成したことにより可決され、ハワイの立州は実現したのです。

そうして当時の米大塔により宣言書調印を行い、正式に米国の50番目の州として認められることになりました。アメリカに州として併合されることになったので、ハワイ島の住人は世界でも随一の先進国であるアメリカの影響を受けるだろうという新たなる期待と立州を成し遂げるこ達成感に酔いしれることとなりました。

ハワイ州の誕生

アメリカ合衆国に50番目に誕生したハワイ州は、1500年前にポリネシア人がハワイ島に上陸したことがハワイの地に人が足を踏み入れた起源とされています。その500年後、タヒチ移住者によって神への信仰文化、タブーによる社会階層が形成され、ハワイの文化が隆盛し、フラ・ハワイアンダンスやサーフィンなどの文化・芸術が誕生しました。

初代カメハメハ大王の時代およびそれ以前の時代には、周囲を美しい海に囲まれ、熱帯の過ごしやすい季候に恵まれた環境を利用し、独自の文化を構築していました。1800年初期、西洋人の影響によって、抑圧的な制度が強いられ、ハワイ文化は荒廃し、以後100年近くに渡って陽の目を見ることがなくなりました。20世紀には砂糖とパイナップル農園でハワイ経済が活発化し、異国からの移住者によって人口は増加しましたが、原住民が半強制的に私有地を手放すという状況も多くありました。1941年のオアフ島のパールハーバーを契機に第二次世界大戦が勃発、4年後の終戦とともにハワイはアメリカの支配下に置かれました。

終戦によって軍需景気が後退し、観光化と大衆化が積極的に行われるようになり、1959年にはハワイ州としてアメリカ合衆国に加入し、ハワイ州が誕生しました。現在、ハワイは常夏の癒しのリゾート地となっていますが、そこには多くの苦難を乗り越えてきた歴史があり、ハワイ各所で歴史の足跡を味わうことができます。