1893年にハワイ王国が滅亡し、サンフォード・ドールを大統領とするハワイ共和国が誕生しました。これによって、ハワイの観光保養地としての開発を目的としていましたが、最大の目的としては在ハワイアメリカ人による政治とアメリカとハワイの併合が水面下にありました。

ハワイ王国の最後の女王はアメリカに渡り、ハワイ原住民によって結成された暫定政府と共に、王政復古試みましたが、弾圧され、大多数のハワイ人と日系移民を含むほとんど全てのアジア人は政治権力から排除されることを危惧し、新憲法発布・共和国独立を阻止・反対する集会も繰返し開かれていました。しかし、翌年1894年の7月には、臨時政府によって新憲法の発布が行われ、サンフォード・ドールを大統領とするハワイ共和国独立宣言が行われました。ハワイ王国の王族と国民は最期まで新政府軍との対立姿勢をみせていましたが、最後の女王であるリリウオカラニ女王の「無益な血を長したくない」という願いから、対立していた人々の罪の減刑と引き替えに女王の退位を決意しました。

1895年、白人特権階層の動きが強まる中、人口の4割を占めていた日系人とハワイと友好関係にあった日本企業は参政権の主張を行いましたが、否定され、日本移民上陸拒否も行われるようになりました。1897年、共和国の指導力は衰え、衰退の一路を辿ることとなり、ドール大統領によるハワイ共和国は短い歴史の幕を閉じました。

アメリカ合衆国が遂にハワイ併合

ハワイといえば、よく芸能人が行く観光地の一つであり、アメリカの領土ですが、見て分かるようにアメリカから恐ろしく離れています。元々はハワイ王国と言う国だったのです。それをアメリカが併合したわけですから、いきなりハワイがアメリカに併合されたのではなく、実は日本もかなり影響力を持っていたのです。むしろ、王党派は日本を重視していたこともあります。

1893年に日本が駆逐艦を派遣したりしてアメリカに靡いていたハワイの主流派を追い出すようにクーデターを煽ったりしていたことがあります。しかし、そうした努力も空しく、1898年について、議会の承認を得て、ハワイ共和国がアメリカ合衆国に併合されます。しかし、大領領、副大統領選への選挙権がなかったり、ハワイ共和国の東洋人への権利が薄かったりと色々と問題はあり、その後も色々と揉めることになります。日本と争っていたわけですが、当時の日本はそこまで体力がなく、アメリカが一人勝ちするのは自明の理だったのです。ちなみにその後、アメリカは正式にハワイ併合は違法であったと認めています。認めてはいるのですが、独立国として独立させる気はなく、そのまま州として扱っています。軍隊も太平洋の守る為に艦隊が駐留しています。